珈琲記

敬愛するコーヒー研究家、井上誠氏の著書より題を借り、私もここに、私が愛したコーヒーを記そうと思う。

Chapter19. 年納め、珈琲納め

■ゆく年2017

ゆく年、激動の1年だった。

僕は毎年、平穏無事に過ごせていない気がする。

今年は本厄だったこともあって日本人としては気が気ではなかったし、

色々とあった不幸はすべて本厄のせいにしておいた。

 

 コーヒー納めはこの通り済ませた。

 

今年は友人である @cojilo 君が来て、年末年始を共にする算段で、

しかし現時点で両者ともに結構酔っている。

 

「ゆく年くる年ありがとう!どんな時でもアタシはネバーギブアップよ!」と

どこかのマシンガンが言っているように、

僕もこういった気持ちで新年に臨んでいきたい。

 

■くる年2018

くる年、2018年も激動の年になるだろう。

今年は目標も多いので、それらをどれだけ消化できるかが肝要だ。

 

頑張っていきたい。

 

2017.12.31 Oujiro Mameya

これは俗に言う「退職エントリ」というヤツでは?

これは 転職 Advent Calender 2017 15日目の記事です。

 

普段このブログではコーヒーカップのことしか書いていないんですが、今回はちょっとひとつ人生の契機がありましたので書いてみます。

 

 

■これは俗に言う「退職エントリ」というヤツでは?

……などというタイトルで書きはじめましたが、厳密には違います。

これは転職 Advent Calenderですからね、当然「転職エントリ」です。

 

とはいえこのブログでは、普段僕が何の仕事をしていたとかそういうことをまったく書いてきていなかったので、転職について、また転職先について書く前に、まず僕のこれまでをおさらいすることにします。

一部業界へのアンチテーゼにならないようなるべく穏便に書くつもりですが、結果として「退職について」の色合いが濃くなりそうなので、こういったタイトルとしています。

 

少し長くなるかもしれませんが、こんな記事を読んでくださっている皆様におかれましては、ぜひお付き合いください。

 

 

■始まりは函館から ~自家焙煎珈琲の喫茶店にて~

僕はもともと将来については甘く考えていました。

高校、大学と情報技術について浅く学んでいたころ、なんとはなしに「きっとこう、なんかパソコンを触って作業する仕事に就くんだろうなぁ」なんて考えてはいましたが、そこにまったく具体性はありませんでした。

 

そんな僕が、気づくとなぜか函館にいて、自家焙煎の小さな喫茶店にいました。

なんでそこまで流れ着いたのかについては長いので割愛しますが。

 

人生に希望を持てずにいたそのころの僕は、その喫茶店の店主に「もしやりたいことが見つからないなら、うちで珈琲でもやってみるかい」などと誘われます。

珈琲という飲み物にまったく興味がなかった僕は、しかしその店で初めて「おいしい珈琲」というものを知り、興味を持ちました。指摘の通り特にやりたいことがなかった僕は、言われるがままその店で珈琲を学び始めます。

 

 

■札幌のある喫茶店にて

函館のその店で、僕はどんどん珈琲にのめり込んでいきました。

一日に数発、店用の豆の焙煎を任されるようになり、それ以外にも書籍で勉強をし、焙煎と抽出の勉強/研究のために豆を焼いては淹れ……を繰り返しました。

労働時間などは気にせず、朝の7時には店に行き、除雪と掃除から初めて、夜21時まで店にいて、お客さんと話をしたり、珈琲や器の勉強をしたりして、とにかくカウンターに立って作業をしていました。

 

でもそんな店も、とある事情で一度長期休業(閉店)状態に陥ります。

詳細については本題と逸れるので割愛しますが。

 

ちょうどその時期に札幌へと戻り、僕は札幌のとある喫茶店で働き始めます。

ここは函館の小さなお店と違い、一日に300人単位でお客さんが入るマンモス店、でも珈琲にはこだわりがあるような、すなわち「超忙しい」お店でした。

ここで僕は、朝一で店を開けてから、店の管理を任されるようになります。

店の在庫の管理や店舗ホールの管理などを行いつつ、カウンターに立って日がな100杯以上のネル点ての珈琲を抽出しては提供し、……というのを繰り返していました。

 

余談ですが、函館でもそうですし、この店でも、この次の店でも人より珈琲の抽出に触れる機会が多く、また試行錯誤しながら珈琲の抽出を続けられたこともあって、自分の珈琲抽出に対して自信が持てる自分が形成されていきます。

 

 

■本土上陸作戦~銀座での新店舗開店に際して

そんな日常を繰り返している折、銀座に新店舗を開店する話が出てきます。

人手が足りないという話もあって、僕はそこに駆り出されることになり、結果として東京の地に根を張ることとなりました。

新店舗は、僕がこの店舗にいたオープン当初こそ閑古鳥が鳴いておりましたが、今では大分認知され、売り上げも安定してきているようです。

 

……と、ここまでが「喫茶店」で仕事をしていた時代の僕の話です。

 

 

■10年後を見据えての転職

ここからが本題。

喫茶店にいたころ、僕は一つ悩みがありました。

それは、趣味に金をつぎ込んでも余裕がある貯金ができないということです。

つまり賃金が足りないのです。お金が欲しいわけです。

将来自分のお店も持ちたい!みたいな漠然とした夢のようなものもあったわけです(ちなみに今もあります)。

 

そういった単純な理由で、転職を考え始めていたころ。

ある人にIT業界を熱心に勧められ、ついにはそっちの業界への転職を決意します。

 

といっても、当然これまでの業務経験は「喫茶業」だけ。

知識も半端(ほぼない)で、すべてがゼロからのスタート。

 

この時の僕は、自分で業界について調べずに転職活動をはじめていました。

「ポテンシャル採用」「未経験積極採用」などという文言の裏に隠された闇について一切知らず、ついにはとある小さなSES企業からの内定を受諾してしまったのです。

 

これが、すべての間違いでした。

 

■火のないところに煙は立たぬ

小題通りです。

SES企業には2年勤めましたが、まぁひどいものでした。

 

残業を是とし崇める体育会系の会社。工数を稼ぐために残業するように営業から電話がかかってきたり、同じ案件にアサインしていた自社の上司から「なんで残業しないの?」とか訊かれたりする、そんな会社です。

他にも、上記の上司の無自覚な(重要)パワーハラスメントで、精神を病んだ僕の後輩もいました。

 

現場についても、非効率的な作業の繰り返し。

エクセルを方眼紙にしては設計書を書き、エクセルを方眼紙にしてはスクリーンショットエビデンスを貼り……某Xamarinの神(他称)が漫画を描いたりマイクロソフトエヴァンジェリンだかエヴァンゲリオンだかになる理由にも、ちょっと理解を示せてしまうというものです。

 

ほかにも書きたいことは山ほどあるのですが、これは「退職エントリ」ではないのでこれくらいにしておきます。もし話をききたいなどという奇特な方が居りましたら、僕のTwitterアカウントにリプライでも寄こしてください。

 

 

■トゥギャッターの変

その後、もうなんかいろいろと耐え切れなくなって転職活動をはじめます。

退職については、自社といろいろとあったのですが、その辺は悪意あるフォロワートゥギャッターでまとめられたので、そちらをご覧ください。

 

さて、そのまとめがバズったせいで次々と説教オジサンが降臨し、また一方で僕のことを応援してくれる方もたくさん現れました。本当にありがとうございます。

 

話は逸れますが、Amazonで他方から救援物資が着弾した折にはヤマト運輸のお姉さんが「荷物たくさん届いてるんですね」と、若干ヒキ気味に訊いてくるようなイベントが発生しました。

 

とにかく、この件でフォロワーが100人ほど一気に増え、その中に転職の契機が潜んでいたのです。

 

 

■「転職するなら、まず人脈♪」

僕が転職活動に疲れ、明日生きていく金もないのに11社目のSES企業の内定に辞退連絡を送信しながらTwitterで悪態をついていたとき、トゥギャッターの一件でフォローされた方の1人から、「もしよかったらうちの話も聞いてみますか?」とリプライが唐突に飛んできました。

ちなみにその方は、炎上したまとめに「貯金しとけよw」とコメントをしていたアカウントでした。

 

その頃、もうとにかく何でもまずは話を訊いてみて、転職する可能性を増やそうとしていた僕は、音速で返信を打ちました。

その後、流れるように面会の日程が決定したのです。

 

 

■焼き肉と内定

 

 

お会いすることとなった当日、喫茶店で軽くお茶をしながら話を伺った後、焼き肉に誘われて僕は遠慮も知らずにおごられています。

 

色々と会話をしていくなかで、彼は「僕、もう今日内定の権限持ってきてるので、内定出しちゃうんで」と、さらっと僕に内定を出しました。

あまりにも唐突すぎて、はじめちゃんと言葉の意味を飲み込めなかったほどです。肉は飲み込んでいたんですが。

 

そして数日後、僕は内定を受諾させていただき、晴れてこの会社に転職することとなりました。

 

 

■転職の決め手

以下、うまくまとめられないので決め手となった要素を列挙します。

・Web系の案件がある

・リモートワーク

 ※あれ!?これだけ見ると転職 Advent Calendar 2017の19日目に似たようなこと書いてる人がいるな!?

・会社名が面白い

・お話した方が面白い

・できれば働きたくない、不労所得で生きていきたいというマインドの一致

・いろいろと緩い(開拓のし甲斐がある会社)

・タスクをこなしていれば休暇取得などの自由度がとても高い(働きやすい会社)

・必要に応じて技術書を会社経費で購入してよい

 

他にもこまごまとした事由はあるんですが、大まかにはこんな感じです。

 

今まで転職Webサイトを通じて面接とかしていた自分からすると、「こんな会社があるのか」と驚きの連続でした。

 

 

■これから

ということで、めでたく体育会系SES企業から脱出し、(最終的には)週4時間働くだけで得られる収入で生きていけるよう模索する会社に転職を果たした僕ですが、当然おいしい話だけというわけではありません。

 

とりあえずこれから、僕はRuby技術者にならなければいけません。

具体的には、直近のタスクとしてRuby技術者認定試験のGoldに合格しなければなりませんので、まずはガッツリ勉強をする必要がありますね。頑張ります。

 

それから、PCを会社から貸与いただけるんですが、今まで使ったことのなかったMacBook Proとかいう機械に慣れる必要があります(USキーボードにしてくれたので、とても助かりました)。

 

色々と課題が多いですが、それでも客先に常駐していたころと違い、どれも楽しんでこなせそうで今からワクワクしています。

 

入社は1月1日から。

ぜひ僕の新しい1年にご期待ください。

……まぁ、なんか入社早々8連休らしい(稼働が1月9日から)んですけど。

 

 

■最後に

転職祝い、または時期的にクリスマス、あるいは僕の1月16日の誕生日祝いを図々しくもお待ちしております!

説教オジサンとかに積極的に祝ってほしいでーす!

リスト:

http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/M90S07O0EF6U/ref=cm_sw_r_tw

 

 

では、一足お先によい1年を!

コーヒーの「おいしさ」、ちょっと違う視点のお話。

この記事は コーヒー Advent Calendar 2017 - Adventar 9日目の記事です。 

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■前書き

この手の記事を書くのは初めてなのですが、意を決して参加をした次第です。

この記事以前の皆さんの投稿を見ていますと、意識が高かったり内容がしっかりしていたり……といった感じで、正直私が書いていいものか悩みましたが、最近は毎日が暇なのでノリと勢いだけで書くことを決めました。

 

これ以降本文で展開させていただく自論について、普段私はTwitterで垂れ流す程度しかしていません。

然してこれをちゃんと記事として書こうと思ったのは、ひとえにその「自論」の内容が、昨今軽視される傾向にあるからと感じているからです。

 

素人ながらもコーヒーを愛する身として、気を負わず書かせていただこうと思いますので、ツッコミはナシでお願いいたします(若干日和っています)。

 

 

■コーヒーかんたん世界史

コーヒーは多様であって、アビシニアでその可能性が発見されてからというもの、常に人の営みに、文化に、寄り添う形でその液体は在り続けた。

はじめ薬用をして生豆を煮出した液体をバンとかボンとか呼んでいたころから、気づくと生豆には火が入り煮出され、熱く黒々とした液体は宗教に弾圧され、それでも根強く愛された。

コーヒーはやがて海を渡り、欧州で愛され、液体としての質を追求されていく。有名なドゥ・ベロイのコーヒーポットにはじまり、パーコレーター、ボイラー式、バキューム式サイフォンなど、その抽出の方法が旺盛に研究された。

焙煎についても盛んに研究がなされ、今のドラム式の原型がこのころすでに発案されていた。

 

こういった、コーヒーという液体への熱は、一方で人類の咎にもなりえたし、実際そうなった。欧州諸国の植民地にはコーヒーノキが植えられ、そこで奴隷たちは、自分たちが強い憎しみを抱く人間たちが嗜好品として楽しむ液体のために、日がな休まず労働を強いられた。

このほかにも、時代を問わずコーヒーは人という集団の醜い部分を知っていたし、しかしコーヒーはその事実に否定も肯定もせず、ただ静かに佇むだけだった。

 

ざっくりと近代までを振り返ってみて、次に”日本の”現代のコーヒーについて見てみると、そこには自家焙煎珈琲店の台頭があり、簡易コーヒーなど「コーヒー」にまつわる飲料の波及があり、その後しばらくしてシアトル系と呼ばれるカフェに人々が熱狂した。

火付け役である某チェーン店では、コーヒーやコーヒーではない何かハイカロリーなものを飲みながら、革新的で洗練されたノートパソコンを広げて難しい顔をしてみたりする人が続出することになるが、それはまた別の話なので割愛するとして……。

 

そんな流れを経て、今、サードウェーブコーヒー(コーヒー 第3の波)と呼ばれる、非常に意識の高い潮流がきている。

というかもうきた。

日本人の大半は、その意味をよくわからないまま「ブルーボトルコーヒー」が日本に来ることを知って喜んでいたし、意識が高すぎて雲の上までいってしまったような人は、

 

「ブルーボトル日本開店おめでとう。西海岸で飲む、いつもの味。
僕にとって新鮮みがないことが、成功の証だと思う。」

 

みたいなことを、きっとTwitterか何かで呟いたんじゃないかと思う(敢えてこれ以上は言及しない)。

 

 

サードウェーブサードウェーブって言うけれど 

当然、ブルーボトルが来る前からアメリカでそういった風潮のコーヒーが流行っていることを知っていた人もいるとは思うが、先も書いたように、日本人の大半は「ブルーボトルコーヒー」が日本に入ってきてから「サードウェーブコーヒー」というワードを耳にしたはずだ。

 だから当然、「サードウェーブ」って言われても「なんでいきなり3番目からなんじゃキレるぞ(激おこぷんぷん丸)」みたいな人が出てくる。

といっても理由はいたって簡単で、そもそもこのサードウェーブに至るまで、日本ではコーヒーの第1、第2の波があったということだ。

 

それは前項目で振り返った中にすでに書いてある。

第1の波は「簡易コーヒー」などによって、日本のご家庭レベルにまでコーヒーという飲料が認知されたこと――これ自体を指す。

第2の波はイコール「シアトル系コーヒー」と見る人が多いが、……まぁその認識で大丈夫ということにしておこう。

で、第3の波が来たのだ。

 

さてそのサードウェーブコーヒー、簡単に言ってしまうと「コーヒーの特性をユーザに理解してもらえるように豆そのものから抽出に至るまでを徹底したもの」となる。

もっと端的に一言でいえば、「コーヒー豆本来の価値を強みにする」のが、このサードウェーブコーヒーの特徴だ。

これがまた、昨今人気を博している「スペシャルティ・コーヒー」とうまくマッチした。……というか、サードウェーブの潮流を広義のスペシャルティ・コーヒーという人もいるし、あるいはそこを一緒くたにしている人も多い。

(スペシャルティ・コーヒーについてまで書き始めると長くなるので、リンクを貼っておきます)

スペシャルティコーヒーの定義 « SCAJについて | Specialty Coffee Association of Japan

 

このサードウェーブという波に肖って、今これらを売りにした新進気鋭の喫茶店、カフェ、あるいは豆売りなんかが日本国内でも増えてきた。

 

 

■コーヒーの「おいしさ」、ちょっと違う視点のお話

……おっと、まってまって。

この記事で書きたいのは「珈琲史概略」でもないし、「サードウェーブへの賛美」でもないんだ。

 

この記事を書きながら、僕はこうやって本題から話が逸れるからよくないんだと反省をしています。でも推敲はしない。記事の嵩増し?

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本題に入ろう。

先に書いた通り、最近のコーヒーのトレンドは「コーヒー豆本来の味を生かす」こと。

そのために焙煎がどうとか、抽出がこうとか、豆の品質管理は云々みたいな話が非常に大切にされている。

それ自体はとてもいいことだ。コーヒー豆も生鮮食品だし、品質自体を高める風潮は悪いことではないだろう。

 

が、しかしだ。

コーヒーという液体を楽しむうえで、絶対に必要だろうと僕が考えていることがあるのだけれど、このサードウェーブコーヒー「でも」、その要素は切り捨てられてしまっていた。

 

僕は、その事実がすごく気に入らない。

だからこの記事をしたためているのだ。

 

その要素って何か、というとそれはずばり「コーヒーが入る容器のこと」になる。

 

 

■灰かぶり姫

このブログのほかの記事をみていただくとわかると思うけれど、僕はコーヒーカップが好きだ。まだまだ少ないけれど、現在所持するコーヒーカップは、70客程度までに増えた。

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今出しているのはこんな感じ。出し切れない分は段ボールで眠っている。

 

ちなみに、このブログは本当はコーヒーにまつわる色々な話を書こうと思って作ったのだけれど、なぜかコーヒーカップの話ばかりになってしまっている。

 

 

サードウェーブコーヒー」や「スペシャルティコーヒー」を売りにしている、ここ最近で有名になった新進気鋭な各店舗なんかに行ってみると、とてもいいシチュエーションのお店が多い。

何かしらテーマを持って空間づくりをしているのだろうし、非常に好もしく感じるのだけれど、その「こだわりのコーヒー」を頼んでみると、抽出された液体は紙コップに入って出てくることばかりだ。

(これ、もし「僕・私のお店は違うよ!そんなことはない、お前の見聞が狭いだけだ!という方いらっしゃったら、ぜひご教示ください)

 

こういう提供をされるたび、僕は絶望する。

いや、持ち帰りでというならばまだわからないこともない。

でも、その紙コップのコーヒーが席に座っている自分の目の前に置かれる現実がある。

 

いいコーヒーを売りにしていても提供される器がこれでは、まるで「灰かぶり姫」ではないか。

いい空間があって、心地の良い曲がかけられ、ゆったりとした時間が流れる。

そんな空間に突如として現れる紙コップで給されるコーヒーは、魔女に出会えず、魔法をかけてもらえなかったシンデレラだ。

僕は、なんとも言えない空しい気持ちを抱えたまま、シンデレラの煤けた頬に口づけることになる。

 

 

■コーヒーのドレス

舞踏会にはドレスとガラスの靴を。ではコーヒーはどうだろう?

コーヒーにとって、器はドレスだ。

女性のドレスには、様々な意味があるらしいのでこのように例えたが、実際コーヒーカップには様々な意味やテーマ、モチーフがある。

僕の好きなウェッジウッドなんかは特に顕著で、膨大なモチーフ数があり、その数だけ意味合いが変わってくる。

 

飲む人にとってうれしい日、かなしい日、いろいろとあるなかで、それを組んで相手に寄り添うようなコーヒーを、相手を時に華やかに、時に静かに器で彩るのは、とても大切なことだ。

 

コーヒーは当然それ自体を楽しむことは大切だが、コーヒーの「おいしさ」は決して液体そのものだけでない。

シチュエーション然り、その人の感情然り、そうして、それらに迎合する器の着飾り然り。

 

それらは古くからここ最近の間までずっと大切にされてきたことで、そしてそれは、とても大切なことのはずだ。

 

 

■結局何が言いたいの

なんだろう。

コーヒーカップを気にかけるような人たちが、こう、皆さんにね、こう……。

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Chapter18. 深煎りの魅力をもとめて

※ちょっと本題までが長いですが、この記事は珈琲豆屋さんの紹介記事です。

※ダラダラと長文・支離滅裂で申し訳ありませんが、以下同文。

 

■嗜好性としての珈琲

私が敬愛する昭和の珈琲学者、井上誠氏は自著「珈琲の書(柴田書店)」の「はじめの言葉」にて、次のように書いている。

 

―――――――

 コーヒーは長い間ヴェールを覆って、容易に人の前に現わさなかった。だが、その面(おもて)を包む布の下の凝視する目に気づき、温もった息吹きの洩れてくるのを感じ取って手を伸べたとき、いくらかあとずさりしながらも身を投げて来た姿態は、香りをたてて人の心をゆさぶるものであった。

 それはおおよそ約束などという、わだかまりのあるものではなく、結合のしるしを示す言葉であった。それから人は、コーヒーを離さなくなった。手に入れたコーヒーは数限りなく子供を産んだ。それはちょうど人の数と同じほどであった。コーヒーの極まりは、みなその人にあるといえる。

―――――――

 

私はこの「はじめの言葉」が好きだ。

人間がコーヒーに寄り添い、コーヒーが人間の営みの背景をして人々を見つめて、そうしてコーヒーがあってからの今日までの歴史がある。

少し話は逸れるけれど、コーヒーをめぐる歴史については、さまざまな書籍にて確認ができるが、現在であれば以下がおすすめだ。

 

珈琲の世界史(講談社現代新書) - 旦部 幸博 著 (Amazonリンク)

https://www.amazon.co.jp/dp/4062884453/ref=wl_it_dp_o_pC_nS_ttl?_encoding=UTF8&colid=I8K8FR4HCZBB&coliid=I3KNTLH735H0YT

 

上記に挙げた昭和の珈琲学者である井上氏に対し、旦部氏は平成の珈琲学者と呼ばれている、現代の珈琲フリークでまずはじめに名前が挙がる人だ(と、私は認識している)。

 

さて、話を戻すが、この「はじめの言葉」の一番最後に、珈琲という嗜好品について一番大切なことが書いてある。つまりは、「コーヒーの極まりは、みなその人にあるといえる」ということだ。

 

昨今、珈琲豆の均質化、全体的な品質の担保を名目に(というのは一部の理由でしかないけれど)、スペシャルティというジャンルの”人の手が過分に加わった”珈琲豆たちが台頭してきた。

それに伴って、それらの豆の焼き加減も均質化され(厳密にはそう指示されたわけではないが、スペシャルティを焙煎する店はどこも一定度のミディアム・ローストに抑えて売る傾向が見受けられる)、「様々な比喩」で例えられる風味を佳しとし、それ以外の豆について蔑視するような声まで聞こえてくる。

それは、深煎りの苦い、鼻を抜ける香ばしい香りが好きな私からするととても残念な流れであって、そしてやはりコモディティの豆もまた魅力と考える私からすると、とても残念な流れであった。

 

■「深煎り」という嗜好

私が敬愛する昭和の珈琲学者、井上誠氏は自著「珈琲誕生(読売新聞社)」の「序詞」にて、次のように書いている。

 

―――――――

珈琲の飲料は見るからに

黒くて苦い

それはいかにも直接な

それ自身の素顔であった

(後略)

―――――――

 

私は、この時代の井上誠氏が描く「珈琲」という液体は、この詞に集約されているのだと考える。

つまりは深煎りの黒々としたうつくしい豆を煎る人間がそこにあって、それをやはり丁寧に、液面が鏡のような珈琲を点てる人間があった。

それが珈琲という液体の本質だ、と彼はそこで言っていた。

 

日本の珈琲文化の中で、自家焙煎の深煎りが愛された一幕があった。

それらは家庭に簡易に飲める珈琲という文化が染み込み、緩慢なときの中で、その日を迎えるまで停滞していた。

しかし食事を主とするカフェが標準化していき、大きな国から「シアトル系」と呼ばれる異文化が持ち込まれると、その文化は一気に壊滅した。

それからサードウェーブと呼ばれる「珈琲それ自体の嗜好性を高級化・ブランド化した(本義は違うが、少なくとも日本のサードウェーブにあやかる各位はこう感じているのではないだろうか)」珈琲が出てきて、完全に深煎りの珈琲というのは、古臭い、苦いだけの珈琲だと評価されるに値しないところまで蹴り落されたのである。

 

しかし、どうにも私は、その「苦いだけ」と世間で言われる珈琲に、その香味に、その口に含んだ瞬間に、どうしようもない魅力と安寧を得るようだった。

 

「コーヒーの極まりは、みなその人にあるといえる」、つまりはそういうことで、どうやら私は「見るからに 黒くて苦い」珈琲を愛しているようだった。

 

■深煎りの魅力をもとめて

その店は東京の武蔵境にかまえている。

はた目には気づきづらいが、近くを通るとどうにも言いようのない、香ばしい香りが鼻をつく。

それは珈琲豆を焙煎しているときなんかだと特に顕著で、自然と足が向いてしまう、そんな魅力を持った香りが鼻孔をくすぐるのだ。

 

そのお店の名前は「なつみ珈琲店」という。

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 Pic.1 - なつみ珈琲店さん。夜の暗い中で撮ったので、見づらい

 

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Pic.2 - 店内はまさしく「珈琲を焙煎するための場所」といった趣。直火の焙煎窯が目をひく

 

なつみ珈琲店さんは、深煎りの豆を主に扱うお店だ。

中煎りのものも最近は扱うというが、店主さん曰く「やはり深煎りがいい」。

豆の説明も丁寧で、ひとつひとつどのようなものか話してくれる。また、嗜好を話すと、その人の嗜好性に近しいコーヒー豆をオススメしてくれる。

しかし、その豆の本質自体は「自分で飲んでみて」ということで、焙煎した豆で語るのだ。

 

彼の焙煎する深煎りの豆は、そう――丁寧でいて繊細に、「それぞれの豆の個性を殺さない」焙煎だと、私は感じている。

 

それは「黒くて苦い」珈琲であって、しかし「苦いだけ」でない、最上の深煎りだ。

 

■「喫茶店」ではない

小題通り、なつみ珈琲店さんは喫茶店ではない。

つまりドリンクメニューもないし、フードメニューもない。

季節のケーキやスイーツなんてものもない。

 

おいしい珈琲豆をもとめる人のために、おいしい珈琲豆を焙煎して、おいしい珈琲豆を提供する。ただそのために、とてつもない努力とこだわりを惜しまない店だ。

 

だから最終的に、ソレを楽しみ、価値を決めるのは購入した自分自身であって、それはすなわち「みなその人にあるといえる」コーヒーを得るための、自分との対話である。

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Pic.3,4 - 購入した珈琲豆は、当然だが持ち帰り自分で淹れる

 

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Pic.5 - コロンビア・クレオパトラ。丁寧な深煎りの美しい豆であることがわかる

 

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Pic.6,7 - 抽出した液体は琥珀よりは黒く、透き通って美しい。片面起毛のフランネルで抽出した

 

■コーヒーの極まりは……

結局のところ嗜好品、何度も書いているようにそれはみなその人にあるといえるのだ。

だが、さまざまな珈琲を識らずして、自身の嗜好性を狭めてしまうのは極めてもったいない。

様々な豆があって、抽出があって、シーンがあって、そしてそこには珈琲という液体がある。

 

私はこの「丁寧な深煎り」の扱うなつみ珈琲店さんの豆を、珈琲について敬虔な諸氏のみならず、珈琲についてあまり興味のなかった人についても、ぜひひろく試してみていただきたいと思う。

 

 

<本日紹介したお店>

なつみ珈琲店

住所:東京都武蔵野市境2-7-2 センチュリー雅1F

電話:0422-56-9281

営業時間:13:00頃~20:00、日曜日のみ18:00まで

定休日:不定休

 

ブログ:自家焙煎なつみ珈琲 a blessed time2

Twitterなつみ珈琲 Blessed Time (@blessedtime2001) | Twitter

 ※2017/11/15現在はTwitterでの営業情報提供が主とのこと

 

 

Chapter17. ブラウンカラーに思いを寄せて

■ぶつぶつ、ぶつぶつと呟けば

しばらく放っておいた間に、このブログを紹介してくれた方がいたらしく、いや成程これは放っておいてはいかんと筆をとった次第である。

 

取り上げてくれた方のブログには、曰くこのような言及をされていた。

コーヒー豆を焙煎する休日も楽しいものです。 - ネガティブ方向にポジティブ!

>歴史を紐解きながら数あるコレクションの写真を眺めていると、美術館で解説員の話を聞きながら絵を楽しむような感覚になります。

>優雅なブログだな、と私は感じました。

(id:uenokoeda 様、ご紹介下さりありがとうございます。)

 

……なるほど、コーヒーの話をし始めると四方から殴り合いが始まるので、敢えて避けてコーヒーカップについてばかり話していたのだが、それはそれで「コーヒーカップのブログ」と思われてしまうらしい。

などと思って自分の過去の数少ない投稿を見てみれば、当然というか、ほぼほぼコーヒーカップの話ばかりである。

 

ではたまには、……。

いや、ここはいつも通り、コーヒーカップの話をしよう。

 

■古き佳き色合い

 昭和の日本の喫茶店といえば、大抵は「日本の器」か「西洋の器」のどちらかに傾倒していた。

片一方では「有田の三右衛門(柿右衛門窯/今右衛門窯/源右衛門窯)」なんかが神聖視されていた。

そしてもう片一方で人気だったのが、その当時深煎りのデミタスや、少量の濃いコーヒーなんかが好まれていた頃、深い木目調のカウンターに添え置かれるロイヤル・コペンハーゲンのブラウンカラーだった、らしい。

 

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 ・RoyalCopenHagen Blown Rose - 当時の喫茶店の定番中の定番だ。

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 ・RoyalCopenHagen Blown Iris - Irisとは菖蒲(アヤメ)のこと。

 

この美しいブラウンと、気品のあるくすんだ金彩は、老若男女問わず珈琲を愛する日本人に好まれた器だった。

そして、今も一部のコーヒーカップ愛好者のあこがれであり、古き佳き珈琲を愛する我々のひとつ大切な物語の一片なのだ。

 

■ハンドペイントに見る、器のありかた

突然だが、世の中には「器といえばハンドペイント!転写は悪!許さんぞ!」などと声を大にして喚き散らす殿方、奥方がいらっしゃる。

私はそれぞれの器に、意味と意義があって佳しと考える人間なので、転写などにはまったく抵抗はないのだが、今日は敢えてハンドペイントについて少し考えてみようと思う。

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 ・美しい茶色のバラ。豪華ながらも邪魔しない金彩の葉をつけている。

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 ・反対側。柄の入り方から、この器が右手で持たれるべきとわかる。

 

ハンドペイントとは、当然であるがなめらかにカーブを描くこの器に、筆描きで絵付けが行われているという意味であり、絵付けを行う人がいるということだ。

器の柄が工業化や近代化によって人の手を(文字通り)離れていくまで、器とは人の絵付けとともにあった。(というか、誤解のないように書き記しておくと、今でもまだ人が人の手でペイントをしている窯も多い。コペンハーゲンも然り、例えばヘレンドやアウガルテンなんかもそうだ)

 

故にその花は描いた人間によって当然表情が異なるし、同じ描き手でも1つとして全き同じものは存在しない、ということで、ハンドペイントの器を求めるということは、自分の気に入った表情の器との出会いの場を得るということでもあるのだ。

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 ・こちらはハンドペイントの菖蒲。ブラウンの濃淡と、アクセントの紅が美しい

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 ・この菖蒲は、力強くも繊細な濃淡が感じられる

 

力強く描かれた印象の深い花や、今にも消え入りそうな鳥や虫……。

同じテーマで描かれた器の柄でも、選び始めるとなかなかこれが決まらない。

そんな中で、自分の感性にピッタリきた器があれば儲けものだし、背筋に電撃が走れば一生に一度あるかどうかの幸福だ。

 

……と、ハンドペイントの器というのはかくのごとく、いわば究極の自己満足であり、自己表現である。

そしてそれがコーヒーという液体のみならず、食器という文化として歩んできた焼き物の一つの個性だ。

 

ハンドペイントの器を至高とする殿方・奥方各位は、この崇高なエゴイズムの虜であるか、または単に「価値が高そう」などと考える程度の思考力しか有していないか、の二択だろう。

 

■ブラウンローズに口付けて

暗い店内で、柔らかなかおりに誘われ、静かにカップの縁に口をつける。

薔薇の棘が刺さったような気がしてちくりと痛むのは唇ではなく、きっと珈琲を飲み込んだ後の胸の奥だろう。

 

Hank MobleyのRecado Bossa NovaなんかをBGMにして、今宵は思い出の中のあの子へ、セピア色ともとれぬブラウンカラーのバラを届けに行くのも、悪くないのかもしれない。

 

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Chapter16. 神の門

■太陽の雄の子牛

紀元前は18世紀、神の門と名を冠した都市が存在したという。

ひろくユーフラテスの川を跨ぎ繁栄したとされるその都市は、「バビロン」といった。

 

古代メソポタミアの神話に、「マルドゥク」という男神が描かれている。

マルドゥク木星を守護する神であり、太陽の神であり、また呪術に祀られる神であり、そのほかにもさまざまなもの・ことにまつわる神であった。

その容姿も多様であり、ゆえに禍々しいといわれている。

 

マルドゥクは「バビロン」という都市の神とされ、彼への信仰で平和と豊穣を得るとされた。

 

■平和の象徴

私が好きなWedgwoodは、器の柄を描く際に何かテーマを決めないと気が済まないらしく、それは100年前も、50年前も、30年前もそうだし、現代もそうらしい。

 

Wedgwoodの「バビロン」は1970年代から80年代に作られたが、その特徴的な色合いとエキゾチックな雰囲気で、日本で大人気のうちに廃盤となった。

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 ・ Wedgwood Babylon - ターコイズカラーと翠色が美しいこの器は、大変な人気であった。

 

インターネットの台頭により、廃盤品が流通しやすくなった現在でも在庫はなかなか出てこない。

 

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 ・鳥の顔が間抜け。

 

バビロンの鳥は平和の象徴とされた。

この器に平和の願掛けをするのも一興、日本の八百万の神マルドゥクが含まれているとは思えないが、そこはさしたる問題ではない。

 

■オチはない

なかなか手に入らない器なので、入手報告というだけだったのだが、ただ書くだけだと面白くないので、器の名前の由来をおさらいした次第だ。

 

この器で深煎りのコーヒーを飲みながら、かつて栄華を極めたというメソポタミアの都市に思いを馳せる――太陽の神には申し訳ないが、そんな夜もあっていいだろう。

 

なお、呪術の供物にはしないよう、くれぐれも注意したい。

 

 

Chapter15.アルミニアの面影

ロイヤルコペンハーゲン史に思いを馳せて

 皆が思い浮かべる北欧の食器といえば、まずおそらくは出てくるロイヤルコペンハーゲン。この窯は現在も洋食器のなかで強い人気を誇るブランド窯のひとつで、控えめで素朴な王冠のかわいらしいロゴが特徴だ。

 王冠(ロイヤル)というと、やれロイヤルドルトンだ、ロイヤルウースターだ、ロイヤルクラウンダービーだと、いろいろとあって混乱してしまう人もいるらしいし、私も実際最初期はそうだった。

 さて、このロイヤルコペンハーゲンだが、有名な話だと例えば同じデンマークで切磋琢磨したこちらもブランド窯「ビングオーグレンダール」を買収統合した、なんて話は意外と有名。

 ビングオーグレンダールというと、かわいらしいカモメが描かれた淡い水色の器が有名で(シーガル)、しかしこの器は買収統合されたのちにコペンハーゲンのバックスタンプで再生産して輸出するなどしたものだから、日本なんかだとみんなコペンハーゲンの器だと思っていたりするものだ。

 あとはロイヤルコペンハーゲンのブルーが、伊万里焼の染付からくるものだとか、そういったありふれた話はみんな知っているもの。

 

 しかし、果たしてこちらの話を知る人はなぜかあまりいないのであった。

 今日はその「こちらの話」を少し書き記しておこうと思う。

 

■知られざる窯

 ロイヤルコペンハーゲンの器の中で、白磁器ではない、くすんだクリーム色の陶磁器の類がある。

 FAJANCE(ファイアンス)と呼ばれるその製品は、ロイヤルコペンハーゲンのバックスタンプが付くFAJANCEであれば、FAJANCEとバックスタンプに書かれている。

 さて、このFAJANCEと呼ばれる製品は、もとはというとアルミニアというデンマークの窯から始まっている。

 1862年に設立され、陶磁器をして豊かな色彩を持たせたFAJANCEで有名な窯だった。しかし国内外で人気を博すのはもう少し後の1950年代からで、時代を若干先取りしてしまったのだった。

 このFAJANCE製品は、焼成後の冷却で陶土と釉薬の収縮率が違うためにおこる貫入が趣とされ、ひとつとして同じものはないとして買い集める愛好家(コレクター)が続出したのである。

 

 ……さて。

 意外と知られていていないのが、これだ。

 1884年、アルミニア窯「が」当時のロイヤルコペンハーゲン窯を買収。王室御用達のコペンハーゲンを買収したのち、アルミニアは自らの製陶工場の名前をコペンハーゲンとして名称を統一した。

 つまり、ロイヤルコペンハーゲンは、FAJANCEの製陶をして生きたアルミニアにより永らえたのであって、しかしここがみな知らないのだ。

 

■アルミニアの鬱金

 その中でも有名な作品といえば、これだ。

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 Pic.1 - ロイヤルコペンハーゲン: トランクェーバー(左がS Size、右がM Size)

 

 和名で「鬱金香」というと、チューリップのことだ。

 これは当時、デンマークの植民地であった南インドにて、クリスチャン・ヨアヒムというデザイナーが見た一輪のチューリップが描かれている。

 そのチューリップは黙して語らないが、その逸話からさまざまな推測をしてこの器を語る人が多い逸品だ。

 

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 Pic. 2,3 - 一つ一つが手描き、その器でのみ咲く永遠の花だ。

 

 ちなみにこの花を描いたデザイナー、クリスチャン・ヨアヒムは、アルミニア時代からのコペンハーゲンを成功へと導いたデザイナーの一人として言われている。

 

 さて、実はこのトランクェーバーを「アルミニアの」器として出したのはなぜかというと、理由としては二つだ。

 一点目は、これから書く内容の補足を行うにあたって、私の持つわずかなコーヒーカップの在庫では、この器でしか語れなかったから。

 そして、もう一点目が本題。

 

■歴史の証人

 ロイヤルコペンハーゲンのFAJANCE製品は、実は1969年のものまではアルミニア窯のバックスタンプがついていた。

 今市場に出回っているFAJANCE製品は当然のこと、アンティークを探そうとしてもなかなか1969年以前のものがないので、これもあまり知る人がいない。

 

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 Pic. 4,5 - アルミニア窯のバックスタンプ。Aの文字に見える。ちなみにM Sizeのもの

 

 上記の写真のバックスタンプがまさにそうだ。

 1969年から先、これが以下のようになる。

 

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 Pic. 6,7 - 1969年以降のバックスタンプ。S Sizeのもの。FAJANCEの文字が見える

 

 私の手持ちにそれぞれ時代を跨いだ2つのトランクェーバーがあったので、このような記事を書く気になったが、こうして現物を目の当たりにすると自分の知らぬ歴史を追体験している気分になるものだ。

 

■アルミニア(Aluminia)の面影

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 Pic. 8 - 左が1969年以降、右が1969年以前。これがどういうことか、記事を読んだからもうわかるはず

 

 いつの時代もコーヒーはそこにあって、その液体が着飾るドレスがあった。

 もちろん我々が生きている今現在だって、我々の生活やライフスタイルに即したコーヒーと、彩を与えるためのコーヒーカップがある。

 その営みは30年、50年、100年、200年前と変わらない、コーヒーを愛する我々と、我々に寄り添う黒い液体のためにあるのだった。

 

 私はそんなことを思いながら、見たこともないデンマークの風とアルミニアの窯の暖かさに口をつける。

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