珈琲記

敬愛するコーヒー研究家、井上誠氏の著書より題を借り、私もここに、私が愛したコーヒーを記そうと思う。

Chapter.5 - はじまり

私はそれまで、コーヒーというものにあまり縁がなかった。

どちらかというと洒落と道楽で飲んでいるイメージしかなかったし、もともとコンピュータを弄るのが好きだった私は、その界隈でよく飲まれていたエナジードリンクといったたぐいのものを好んで飲んでいた。

 

でも、ある日すべてが変わってしまった。

自分が描いていたおぼろげな未来は、しかし脆くも崩れ去ってしまった。

詳しくはここで書かないし、書く気もないし、けれども未だに納得のいかない出来事だったけれど、私は私なりに一つの記憶として収めることができて、結果として今とても満足している。

 

さて、そんな「とある出来事」があって、当時の僕は酷く絶望していて。

そんな時にはじめて接したのが、一杯のコーヒーと、美しいコーヒーカップだった。

 

そのコーヒーは、疲れ切った私を癒してくれた。

そのコーヒーは、静かな時間を与えてくれた。

とても"それ"は、私の知っている飲み物ではなく、全てにおいて洗練されていて、素直であった。

 

そうして私は、この有象無象が蔓延る世の中に、それでも一つの何かを究め求めようとする世界があることを知って。

同時に私は、翌日からそのコーヒー屋で、「コーヒーの何たるか」の知識を、断片的に教えてもらうことになったのである。

 

結果として私は今そのコーヒー屋にはいないし、自分で知識を得んと躍起になっているけれど、私がコーヒーの深淵を知りたいと欲し、識るを得る全てのはじまりは、そこにある。

そうしてそれは、変わりようがないことであった。

 

そのコーヒーは、未だに私の知るひとつの標で、そのコーヒーカップは私の弱く脆い心を支えてくれる。

 

ようやっと手に入れたので、些細な記念に私のはじまりを振り返ってみた。

 

そのコーヒーカップの名前は、Wedgwoodの「DYNASTY(ダイナスティ)」――。

 

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