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珈琲記

敬愛するコーヒー研究家、井上誠氏の著書より題を借り、私もここに、私が愛したコーヒーを記そうと思う。

Chapter.12 - 遺す

時間というものは有限で、また過れば二度として戻ってくるものではない。

ゆえに何らかの方法で記し、あるいは遺すことで、その一瞬を可能な限り引き延ばすのである。

今回もコーヒーというより、カメラの話になりそうだ。

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- 私の勤める某店にて。Nikon F3P / Ai NIKKOR 50mm f/1.4 (f4 , 1/60)

 

Chapter.10にて実家から譲り受けたカメラの話をしたが、4月の末にもう1台、フィルムカメラを購入した。

それは私が実家のNikon EL2をもらう前にそのケースを探しにカメラ屋を渡り歩いていた時、一目ぼれしたカメラであった。

祖父から譲り受けたNikon EL2を触ってしばらく、ついに我慢ができなくなって手を出したソレは、Nikon F3Pというカメラだった。

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- Nikon F3P / Ai NIKKOR 50mm f/1.4(現在はネックストラップが別の物に変わっている)

 

そのカメラは調べてみると、Nikon F以下数字一桁の、所謂ハイ・エンドユーザ向けのモデルのなかで、最も愛されたものであったらしい。シリーズ後継機が出続けた後も20年間、後継機が生産終了になっても作り続けていたとのことであった。

そのなかでも特にP(Press - 報道用モデルらしい)の名を冠した本機は、初出を1983年とし、どうやら一般販売はされていない、プロ用報道カメラマン向けのモデルだった、とのことであった。

詳細は当ブログの趣旨に背くので(最早手遅れか?)省くけれども、その無骨で、写真を撮るために生まれてきた機能美は、時代を超えてデジタルのカメラが一般的になった現在でもなお、手に取るものに高揚感と、写真を撮ることの本質を教えてくれるようだ。

 

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- 某バーにて。JIM BEAMのロック(本ブログの趣旨ではないが……)

 Nikon F3P / Ai NIKKOR 50mm f/1.4 (f2.8 , 1/30)

 

全くもって時代を間違えているわけでもなく、未だにその魂と精神は生きている。

購入後このカメラを握る度、そっと、しかし力強く、このカメラは語りかけてくれて、答えてくれるのであった。

 

私はこういった、なにかしらについての本質に繋がるものが好きなのだろう。

ここ最近になって、ようやっと気づいた節があった。

 

写真と、写真を撮るための機械の本質を教えてくれるフィルムカメラというものは、奇しくも昨今の簡易抽出ブームの波を受けてもなお流されず、その液体の本質を常に問いただす、シンプルなひとつの抽出方式に似通っている気さえする(ちょっと強引すぎるか?)。

 

これからもこのブログに投稿する写真は、本機F3Pないし、祖父から譲り受けたEL2にて、遺したいと、そう強く決意している。

 

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- Nikon F3P / AF NIKKOR 55mm f/2.8  &  Nikon EL2 / Ai NIKKOR 50mm f/1.4