珈琲記

敬愛するコーヒー研究家、井上誠氏の著書より題を借り、私もここに、私が愛したコーヒーを記そうと思う。

Chapter21. フリードリヒ大王によろしく

■Introduction - ドイツの器

ドイツの白磁器、陶磁器というとどの窯を思い浮かべるだろうか。

 

有名どころでいけばやはりマイセンは外せないだろう。王立ザクセン磁器工場から始まり、ドイツ白磁器の陰と陽、どちらの歴史にも名を深く刻む歴史的な窯だ。

 

他にはというと、フランソワ・ボッホが立ち上げ、のちに同業他社であったビレロイと統合して現在まであるビレロイ&ボッホなんかも、ハプスブルク家の援助を受けて王室御用達窯として成長した名窯である。

 

カルル・フッチェンロイターにより開窯されたフッチェンロイターもまた外せない。当時窯を拓いたバイエルンには、既に王立の窯(ニュルンベルク王立窯)が存在していたためにバイエルン政府から開業許可が下りなかった。しかしカルル・フッチェンロイターは諦めず、当時のバイエルン王であったマクシミリアン1世に懇請し、見事に口説き落とした。それ以降……

 

おっと、つい熱がはいってしまった。

今日はマイセンでもなく、ビレロイ&ボッホやフッチェンロイターでもなく……この窯の話をしようと思う。

 

■ドイツの王笏

神聖ローマ帝国には、ローマ王を選出するための選定権を有する諸侯(謂わば貴族のことである)、すなわち選帝侯という役職が存在した。

その選帝侯が1人、ブランデンブルク辺境伯の紋章あるいは国章(当時の神聖ローマ帝国ブランデンブルク辺境伯領における国章のこと)には、王冠を被った炎のように赤い鳥が描かれていた。その鳥は王とされ、王はその両脚に剣と笏を握っていた。

そんな王笏をマークとして持つ、ドイツの名窯がKPMだ。

正式名称は非常に長く、「Königliche Porzellan-Manufaktur Berlin GmbH; KPM Berlin」となる。

これを日本語訳すると「ベルリン王立磁器製陶所」だ。以降はKPMと呼称を統一する。

 

KPMの始まりは1763年9月19日、第3代プロイセン王であるフリードリヒ2世によって創立される。この一文で分かる通り、KPMはバリバリの王室製陶所である。

ところでフリードリヒ2世というと、その類稀なる才能と功績、そして芸術領域への才能も含め万能と称えられ、フリードリヒ大王と呼ばれたことで有名なその人である。

そんな彼に私も敬意を表し、以降はフリードリヒ大王と呼称を統一する。

 

フリードリヒ大王は開窯に際して、KPMの製品マークとして上記の王笏のマークを与えた。コバルトブルーが美しいその王笏のバックスタンプは、KPMが製造するすべての製品に付与された。

これは王室製陶所であるKPMが、その品質を保証するという意味でもあった。

 

■器の権威、帝国宝珠

宝珠というのはご存じだろうか。

西洋でいう宝珠というのは「十字架がついた上部についた球体」のことを言い、東洋の宝珠とはまた違うものである(東洋の宝珠といえば、仏教における如意宝珠を指すことが多いだろう)。

 

少し宗教的な話になってしまうが、この宝珠とはその発祥から現在に至るまで、キリスト教における権威の象徴である。そして同時に、これを一国の主が手にすることで、王権の象徴ともなった。即ちレガリアである。

 

さて、話戻って。

王室製陶所であるKPMは、先に記した通りその品質の保障に王笏を用いた。

KPMの白磁の器は好評を博した。しかしその一方で、その器の上に個人が絵付を行い、KPMの器を騙って販売されるという事態も発生した。

そういった事態も鑑みてか、KPMは1803年以降、KPMの絵付であることを保証するために新たに器のバックスタンプにマークを付与することとした。

それが、王室特権を示す宝珠――プロイセン王国の帝国宝珠である。

 

絵付を行っていない白磁器には付与されないそれは、王笏とセットでバックスタンプとして扱われた。

KPMの美しい器は、王の象徴と権威、その2点を以て初めて正しくKPMで製陶・絵付の行われた器であると証明されるのだ。

 

■ドイツの植民地、クールラント(Kurland)

このブログの読者の皆さんは、クールラント(Kurland)という地域をご存じだろうか。

現在のラトビア共和国(Latvijas Republika)にあたる地域なのだが、古くは――具体的には、1237年にドイツ騎士団に攻め込まれて占領されて以降、ドイツの植民地であった。

この記事で詳しく歴史を掘ることはしないが、KPMにはこのKurlandの名を冠する器がある。

ここまで長々と書いてきたが、この記事の本題はそれだ。

 

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Pic.1: KPM Kurland Gold Dekor. 19ü : バックスタンプから、この器は1962 - 1992までの品であることがわかった

 

シンプルな金彩のこの器は、然して得も言われぬ気品がある。

KPM Kurlandはいくつも絵付のパターンがあり、より鮮やかな絵付の施されたKurlandシリーズは、日本のバブル期に大量に輸入され百貨店などで人気であったという。

一方でこのKurland Goldは、いくつかある絵付のパターン(この器は19番、Dekor. 19üの絵付けパターンである)のすべてが正規のルートでの日本未入荷品で、なかなかお目にかかれないらしい。

先に記載した内容から、この器の醸成する気品が単にこの金彩の艶やかな筆遣いからのみ発されているわけでないことは、読者にはお分かりであろう。

 

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Pic2. バックスタンプ。KPMであることを示す "王の象徴と権威" 

 

これだ。

このKPM足らしむ証が、この器に確かな格を与えているのだ。

 

ちなみに余談であるが、帝国宝珠は絵付の種類に応じて色が違う。

花や風景を描いた絵付、あるいは色彩の華美な絵付には赤い宝珠を、赤色を主とした絵付の器には青い宝珠をバックスタンプに付与する。

ではこのKurlandの緑の宝珠は何かというと、これらに該当しないもの――特に花の絵付でない器につけられる。

KPM Kurlandの器の象りに触れてなぞると、モチーフとしているのがKurlandの宮殿の造形であることがわかる。それゆえに緑の宝珠なのだ。

 

植民地を経て、一時期はその植民地から生まれた子孫たちで独立までしたこの地域の名を、ドイツの王は忘れてはならないのだろう。それゆえに、KPMはこの器を作りあげたに違いない。

 

■フリードリヒ大王によろしく

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Pic3. 珈琲を注ぐと、器の良さが一層引き立つ

 

KPMの焼き物はすべて、非常に高温で焼かれる。

この器の白磁は透き通るようで、それでいて珈琲を注げばその色の対比に感じ入り、歴史に思いを馳せてしまう。

確かに息づく王の権威とその責は、KPMが焼く器のすべてに根付いている。

 

珈琲を啜りながら、フリードリヒ大王に「よろしく」と心の中で呟くと、カップをソーサーに置いたときに静かな、それでいてよく響く高音で返ってくる。

 

それが何を意味するかは、KPMの器で飲み物を嗜む、その人々の心に依るところであって、誰一人として同じ解をもたない"何か"なのだろうと思う。

 

■余談

この記事はそもそも、去年の年度末くらいまでに書き起こしたかったもので、もうすでに1年以上の月日を経ている。

いい加減、この怠惰な性格・性質はなんとかしないとなぁと切に思う。

 

この当時、KPMについていろいろと調べていたときのTwitterのモーメントはこちら